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ヨリック.ブルーメンフェルド著.武田尚子訳『ジェニーの日記』サイマル出版会.1984年 本書は核戦争に生き残ったある女性の、悪夢の生存日記として書かれた。本書の出版当時、世界は地上の生物を五回も死滅させることのできる、ほぼ五万個の核爆弾を所有していた。仮に一万メガトンの爆弾が投下されれば、その風下およそ数十キロから三千キロの範囲では、人間は即死こそ免れても、放射性降下物、つまり死の灰によって原爆症やその後遺症による被害を受ける。本書に描かれた核戦争後数ヶ月の死の世界ーシェルターを出たジェニーと、自家用車の中で骸骨と化した夫との再会...放射能を受けたクモがせっせと張りめぐらす、いびつな形のクモの巣。落ちた毛を集めてかつらを編もうとる、脱毛した女の姿などーのイメージには、背筋を寒くさせる恐ろしさがある... ソビエト連邦の崩壊で、米ソの対立は消え、世界は核戦争の恐怖から解放されたかに見えた。しかし皮肉なことに、本書の出版当時より核兵器の保有国は増え、そのうえイランや北朝鮮のように、それを使う可能性を持つ危険な国が登場した。しかもテロリズムの脅威の支配する現在の世界では、核兵器がテロリストの手に渡り、使用される可能性は現実になった。 核の恐怖は本書の出版当時より、ある意味でよほど緊迫してきた。起こらなかった歴史の1ページとして、忘れ去れ去られたかに見えた核シェルターを見直す人もでてくるだろう。本書は、二十一世紀を今生きるわれわれ一人ひとりが、核兵器、ひいてはテロリズムの問題を熟考することを強いるだろう。